あたまのなか研究室

ピクルス(2代目)とぶらいあん(初代)の研究室です。

『はじまりのみち』所感

 先日観た『はじまりのみち』について、いくつか思ったことがあったのでここに書いておくことにする。

 ひとことで言うと「山を越える」だけの話なのだが、ただそれだけで「母への愛」と「母の愛」を表現したところがすごい。

 木下恵介役の加瀬亮の感情を抑制した感じは非常にいい。田中裕子のほとんど喋らない母役もいい。しかし個人的に今回特に良かったのは、名もなき便利屋役の濱田岳である。

 他の主要な登場人物が非常に暗く重苦しい状況のなかで、ひとりこの映画の明るい部分を担っていながら、もっとも重要な「泣き」の場面において、何事もなかったかのようなさらっとした演技をこなすところは、あまりに自然なためにそのまま流してしまいそうになる。
 (コメディ映画『ロボジー』においても彼の「受け」の演技は絶妙だった。エキセントリックな吉高由里子にばかり目を取られていてはいけない)

 そんな訳で、この人はすごいと思っている。
 大仰に言えば、「平成のモリシゲ」になりうる素質を持った人なのではないか、と密かに思っている。
 (平成のうちには難しいとは思うが)

 もうひとつ、すごいなと思ったのが、宮崎あおいの起用法。

 この映画の予告篇をみると、宮崎あおいが出て来て「二十四の瞳」的ショットが表現される。
 ここで、観客は、ほとんど無意識に、宮崎あおいがこの映画のヒロインで、何らかの形で主人公に関わるんだろうな、と思ったはずである。

 確かにそれはその通りである。

 しかしながら驚くべきことに、劇中において宮崎あおいは、観客にとって意外な登場(そして退場)の仕方をする。

 これ以上は、これからこの映画を観る方のために控えておくことにするが、この主人公のセクシャリティについての知識がある人にとっては「なるほど」と思うことだろう。(この映画は実際にあった話=山越え=を基にしているが、宮崎あおいの役どころに関してはフィクションだろうと思われる)

 『はじまりのみち』は、木下恵介の映画を全く観たことがない人には格好の入門映画であり、木下恵介の映画をよく観て来た人にとっても「おっ」と思わせる映画であった。

 シネ・ヌーヴォで9月21日から、木下恵介の名作5作(※)とともに公開予定。

 ※『花咲く港』('43)『陸軍』('44)『二十四の瞳』('54)『永遠の人』('61)『香華』('64)

 (2013年9月13日)