『カルメン故郷に帰る』モノクロ版の正体
『カルメン故郷に帰る』のモノクロ版を観る機会があったので、そのことについて。
今回、モノクロ版とカラー版を観たのだが、ちょっと感じが違う、と思ったものの具体的に異なる箇所は明確に指摘できる範囲では3カ所しかなかった。
他にも、あれっこんなカットあったかな?と思うシーンも何カ所かあったのだが、映画を長時間観ていると時々集中力を切らすことがあるので確かかどうかは観直してみないと何とも言えない。(カルメン達が村の舞台で踊る場面で男が左右をみるとどちらも女がおにぎりをむしゃむしゃ食べているカット、など)
オープニングクレジットは、完全に異なっている。それぞれ別に作られたものだろう。ただ背景のイラストが同じかどうかはわからない。
(たぶん同じイラストを使用しているのだと思うが、表示される時間は違うのかもしれない)
映倫マーク(番号は確か299)は、モノクロ版は左下、カラー版は右下に表記されている。
カラー版は、「松竹創立三十周年記念」が大々的に銘打たれ、また「カラーフィルム・富士フィルム株式会社」というのも一枚看板である。スタッフクレジットが異様に長く、どうもモノクロ版は、主題歌が1番だけなのに対し、カラー版は2番まで流れたようだった。
明らかに違う場面として気づいたのは二カ所。
冒頭で、小川先生(佐田啓二)が田口(佐野周二)に話しかけるシーンの最後に「僕、先生の曲、好きなんです」と言った直後の場面。
モノクロ版では、田口の子供にもらった花を口にもっていって、くわえて首を横に振る、という非常に女性的なシーン。
ところがカラー版では、もらった花を口にもっていくところでこのシーンは終了する。
これは、本編では内面がほとんど描かれない小川先生の内面を表現する極めて重要なシーンだと思えるが、モノクロ版とカラー版ではかなり印象が違っている。(木下恵介監督の嗜好というものを考える意味でも)
最後は終幕近く、田口の妻に丸十が「オルガンをタダで返す」と見栄を切ったあと、番頭が妻に「気が変わらないうちに持ってった方がいいですよ」と話す場面。モノクロ版では、話している途中に馬のシッポが顔に当たり、番頭はセリフを一旦止め、馬のシッポを手で押さえながら言い直すのである。これはアドリブだ、と思っていたら、カラー版では馬のシッポが顔に当たることなくセリフを言い終えている。完全なリテイクである。しかしこれは明らかにモノクロ版の方が面白い。
観終わって、これは、モノクロ版を作ったあと部分的に編集を入れてカラー版をつくったのだろう、と思った。
ところが家に帰ったあと、調べてみて初めて知ったのだが、実はそうではなかった。
カラー版を撮り終えた後、オールカラー映画として失敗したときのために備えてモノクロ版用に最初から撮り直していたのだ。
全編リテイクだったのである。
それに気づかなかった自分もどうかと思うが、同じ映画を同じ脚本同じ演出で一から撮り直す、ということがあるとは想像もつかなかった。
映画の世界は、本当に奥が深いものである。
なおモノクロ版は、長らく紛失していたものの、木下監督の死後16ミリフィルムが見つかり、この9月に発売される生誕百周年記念のDVD・ブルーレイ化の一環として初めてソフト化(ブルーレイ盤の特典映像として収録)されるとのこと。(下記参照)
(2012年8月5日)