あたまのなか研究室

ピクルス(2代目)とぶらいあん(初代)の研究室です。

大問題作『カルメン純情す』

 『カルメン故郷に帰る』の大ヒットを受けて制作された続編『カルメン純情す』は、おそるべき作品だった。

 まず、初の総天然色映画であることを売りにした映画の続編が白黒映画である、ということが驚きである。

 前作が明るい大自然が広がる田舎で展開されるほのぼのとした喜劇であったのに対し、本作はぎすぎすした都会の片隅で欲望と苦痛にあえぐ人々を描いたシニカルでシュールな喜劇なのだ。

 暗い都会を描くのに白黒画面はよくあう。しかも画面はほとんど左右どちらかに傾いている。実相寺明雄どころではない。この徹底ぶりは尋常ではなく、全篇の8割から9割がナナメ画面である。久しぶりに画面酔いしそうになった。(フィルムコンディション以外の画面酔いというのはほとんど経験した覚えがない)
 また、画面をゆっくり揺らしながら登場する奇妙なアートと音楽がその印象に拍車をかけている。

 物語はカルメンが自称芸術家の資産家の息子に惚れるがまったく相手にされず恋に苦しむというのが骨子なのだが、実際は、そのドラ息子と、彼と金目当てで婚約している女の母親とのやりとりが軸になっている。その母親は、「日本精神党」という保守系の政治家(女の味方を自称し、再軍備論者、毎朝君が代を歌うようなキャラクター)であり、選挙戦を控えているために、色んな男と遊び惚ける娘と、やはり女にだらしのない婚約者がおこすトラブルを収めることに躍起になっている。

 あと重要なキャラクターとしてドラ息子の家の家政婦(通称「原爆ばあさん」)がいる。何かというと原爆だという。「そんなことになったのも原爆でせいですよ」と、何でも原爆に結びつけて話をする変わった人である。

 ストリップ(音楽史劇を延々続けたあとに脱ぐというもの)の仕事を続けていたカルメンは、好きな相手が観客席にいたので脱げなくなりクビになる。そのあと仕事になかなかつけないが、最終的にはねずみとかインク瓶などの広告用着ぐるみの仕事をしている。
 ドラ息子の女がらみのトラブルを何とか片付けた母親は大舞台で選挙演説する。(この広い会場はメーデーなどを行うような広い会場のようである。後ろに実在するいくつもの企業の名称が大きく表示されているが、これは特に協賛でもないようなのだが、作品のテーマからいって名前を出しても大丈夫なのかとちょっと心配になる)

 さて、本作が前作とはまったく違ったテイストの作品に仕上がっているのはなぜか、を考えてみる。

 舞台が田舎と都会だから、というのもひとつの要因ではあるだろう。しかしそれだけではない。
 この映画が制作されたのは、前作の1年後、昭和27年である。つまり、日本が独立した年。作中では「日本が独立して最初の選挙」ということが謳われる場面がある。占領軍が撤退することで再軍備が進むことを一般の市民が危惧していた時期である。
 作中で描かれる女政治家と原爆ばあさんの対立、これは当時の「戦前回帰の機運」(政治家や大企業)と「戦争はもうイヤだ」(一般市民)というふたつの対立の象徴であるように思われる。
 しかし、この映画のすごいところは、どちらの立場も笑いとばし、どちら側にもついていない、というところにある。

 「笑いあり涙あり」ではない、真のコメディというのは、どの立場にも立たない、すべてを相対化する存在である。

 占領軍からの解放、それは、それまで縛られていたあらゆる検閲(例えば前作)からの解放であった。
 この映画は映画作家が、戦中戦後をふくめた長い期間、様々に抑圧され続けて来たどろどろとしたものを全部吐き出したかのようである。

 この映画が混乱した当時の状況を戯画化して描いたことは間違いない。
 しかしながら、混乱していたのは映画作家/製作側も同じではなかったかと思える。

 映画の終幕、大混乱になって画面にテロップが出る。「これからカルメンはどうなるのか?」というような文句である。
 実際のところ、作っている側も「カルメンがどうなるか」なんてわかってなかっただろう。まったくまとまりのない結末をテロップで誤摩化している印象が強い。そしてエンドクレジット。「完」でも「カルメン純情す 完」でもなく、ただ「第二部 完」と出るのである。
 どこまで本気なのかわからないが、これは第三部を作るつもりがあったのだろうと思われる。
 おそらく第一部があれだけ大ヒットしたのだから、第二部が少々うまくいかなくても第三部は作れるだろう、と踏んでいたのではないだろうか。

 ここにもこの映画の製作側の混乱ぶりが出ているのだ。
 (当時のことはわからないが、この映画は、前作のこともあるのでそれなりの動員はあったかもしれないが、大ヒットはしなかっただろう。また、評論家筋には相当酷評されたのではないか。現在の黙殺ぶりがそれをもの語っているようである)

 しかし繰り返すが、この作品は相当に前衛的なコメディである。時代と心中したかのようなところがあるが、それだけに正しく評価されるべきである、と思うのだ。

 (2012年8月6日)


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