あたまのなか研究室

ピクルス(2代目)とぶらいあん(初代)の研究室です。

ミュージカル映画『レ・ミゼラブル』を観て〜音楽の力とアーキタイプ、その他の話

 話題の映画『レ・ミゼラブル』を観てきましたが、どうも冷静に観ることが少し難しい映画でした。

 まず、音楽の力がいかに感情に訴えかけるかを改めて思い知らされました。完璧なミュージカル映画というのは『シェルブールの雨傘』だと思っているのですが、そこまでいかなくてもセリフの大部分を歌うことで、同じはずの「言葉」が聴く者に働きかける力の強さというものが、自分で思っていた以上であったということです。

 また、もうひとつの理由があります。これは個人的なことですが、この作品を観て、子供の頃読んだ数少ない中の二冊の本(絵本版『ああ無情』とリライト版『ジャン・ヴァルジャン物語』)が自分にとっていかに大きな存在だったかということです。
 つまりこれは、自分にとって「物語」のアーキタイプ(元型)であったということです。だから心を揺さぶられた、という面があったのだと思います。

 ところで、小説などが映画化されると、原作のファン(もしくは読んだだけの人)が「原作と違う!」ことを理由に映画を非難することがよくあります。気持ちはよくわかるのですが、それは原作と映画が「自明として同じものである」と思い込んでいることの不幸です。

 基本的には原作はあくまでベースとなっているものであり、映画化はその解釈です。本質さえつかんでいれば全然違う話でもいいと思いますし、例えば登場人物の名前以外全部違っていたとしてもいいのです。極端にいうならば本質をつかんでいなくてもいい。要はそれをもとにした映画が、映画として成立し、面白いかそうでないか、ということが重要なのです。

 もちろん原作通りに忠実に厳密に映画化するというのもいいでしょう。それは脚本を厳密に再現して撮影し、作品にするということと同じだからです。

 「原作と映画は別物」とは言いません。しかし「原作と映画は別腹」と考えていた方がいいでしょう。同じ所で同じように受け止めようとするから消化不良を起こすのです。それぞれに楽しんだ方が間違いなく幸せになれます。

 ちなみに原作小説のオリジナル版を読んでいないので印象ですが、この映画は物語的に「レ・ミゼラブル ダイジェスト版」だろうと思います。日本で言えば「大河ドラマの総集編」みたいな感じですね。しかしながら重要なのは、この作品は小説『レ・ミゼラブル』の映画化ではなく、「レ・ミゼラブルを元にしたミュージカル」の映画化だということです(※)。ダイジェストはミュージカルの宿命なのだろうと思います。もし直接小説を忠実に映画化するのであれば、3〜5部作は必要になってくるだろうと思います。

 (※)以前この映画の予告編を観たとき、原作者が「ヴィクトル・ユーゴー」とは違う人ふたりの名前だったのでかなり驚きました。ユーゴーはかなり前に著作権が切れているので、ミュージカル脚本を書いた人(または監督か製作者)が原作者ということになっているのでしょう。さすがは契約社会ですね。

 (2012年12月30日)


レ・ミゼラブル 全4冊 (岩波文庫)

レ・ミゼラブル1 (ちくま文庫)
レ・ミゼラブル2 (ちくま文庫)
レ・ミゼラブル3 (レ・ミゼラブル(全5巻))


 この作品が、今年観た最後の映画になりました。去年に続き今年もたくさんの映画を観ることができました。
 来年以降は今までほど観ることが出来なくなると思いますが、数は少なくてもいい映画を味わって観て行ければ、と思います。

 本研究室もこれで今年最後の更新となります。皆様ご覧頂きありがとうございました。来年もよろしくお願い致します。
 皆様にとって来年が良い一年でありますように。良いお年をお迎え下さいませ。